
●PROFILE
たかだ・みつゆき 三菱商事執行役員
兼オーストラリア三菱商事会社取締役社長
兼ニュージーランド三菱商事会社取締役社長
<略歴>
1981年慶応義塾大学経済学部卒。
同年三菱商事入社。09年鉄鋼製品
本部長。2012年4月より現職。
進出日本企業 トップ・インタビュー
新連載・第1回
オーストラリア三菱商事会社
髙田光進 取締役社長
日本の総合商社は、日豪が相互補完的な経済関係を築く中で重要な役割を果たしてきた。三菱商事にとっても、豪州は収益の大きな部分を占める戦略的な拠点となっている。同社のオーストラリア事業の現状と展望について、三菱商事オーストラリア会社(本社メルボルン)の髙田光進社長に話を聞いた。
(インタビュー=ジャーナリスト・守屋太郎)
信頼できるパートナーと手を組み
日豪の経済と社会に貢献していく
資源の安定供給で日本を支える
——豪州が資源供給基地として日本の経済発展を支える一方、日本も豪州から資源を輸入しインフラ整備を支援するなど豪州の社会に貢献してきました。総合商社のビジネス・モデルは近年、大きく変化しましたが、三菱商事のグローバルな事業戦略における豪州事業の重要性はますます拡大しています。
豪州は三菱商事が事業を行っている国・地域の中で最も大きな収益を挙げています。2011年度は連結純利益の約40%を占めており、非常に重要な国なのです。
総合商社の業態は、貿易から投資へ軸足を移しました。特に豪州は資源関係の投資では最重要国の1つ。当社にとっても、金属・エネルギー資源は豪州事業の大きな柱です。
——原料炭(製鉄用の石炭)の事業投資先である「BHPビリトン・ミツビシ・アライアンス」(BMA=QLD州)は、日本の原料炭供給に大きく貢献しています。石炭事業の現況についてお聞かせください。
1968年に設立した子会社の「三菱デベロップメント」(MDP)を通して、一般炭(主に燃料用の石炭)や原料炭などさまざまな権益に投資してきました。2001年には、BHPビリトン(英豪系資源大手)と折半出資して合弁のBMAを立ち上げました。
こうした長い歴史を背景に、現在、豪州の原料炭の中でも特に優良な鉱山の権益を保有しているのが当社の強みです。最高品質の原料炭をBHPビリトンとともに開発し、出荷しています。

三菱商事子会社MDPが参加するNSW州の合弁プロジェクト、ワークワース炭鉱
世界の原料炭の海上貿易量に占めるBMAのシェアはおよそ3割と世界最大であり、三菱商事はその半分のシェアを有していることになります。中長期的に原料炭の世界的な需要拡大が見込まれる中、日本をはじめとした世界の顧客に対して原料炭の安定供給を行っていくため、11年に新規2炭鉱の開発と専用港湾の拡張工事について投資決定を行い、現在建設工事を進めています。
一方、一般炭は、QLD州ではクレアモント鉱山(MDPが31.4%出資)、NSW州ではコール・アンド・アライド・インダストリーズ(C&A=MDPが20%出資)を通じた出資を含む4つの鉱山の権益を保有しています。
——震災後、日本では火力発電用エネルギーとして液化天然ガス(LNG)の重要性が増し、埋蔵量が多い豪州のプロジェクトが注目を集めています。
LNG事業では、三井物産との折半出資で合弁会社「ジャパン・オーストラリアLNG」(MIMI)を形成し、1985年にWA州の天然ガス開発事業「ノースウェスト・シェルフ」に参加しています。MIMIを通して、ウッドサイド・ペトロリアム(豪石油ガス生産大手)、BHPビリトン、BP(英石油大手)、シェブロン(米石油大手)、シェル(英・オランダ系石油大手)といった世界の資源・石油メジャーと肩を並べて合弁事業に参画しているのです。また、ブラウズ(WA州沖に開発計画中のガス田)についても、MIMIが約14.7%の権益を取得しています。
豪州では現在、数多くのLNG事業があります。豪州のLNG生産量は2011年には約2,000万トンでしたが、20年には1億トンを超え、現在1位のカタールを抜き、世界最大のLNG供給国となる見通しです。
豪州は相対的にカントリー・リスクが低く、地理的にも日本と近いという利点があります。原発問題を背景に代替エネルギーを求める動きもあって、石炭やLNGを活用した発電の需要は今後さらに拡大していくでしょう。
日本経済への貢献の一環として、エネルギーの安定的な供給源を確保することは重要です。そうした認識の下で、私たちもさまざまな開発を行っています。
豪国内のインフラ整備にも注力
——豪州は鉱物だけではなく食糧資源の供給基地としても世界的に重要性が高まっています。その安定供給は日本の食糧安保にも不可欠です。食糧・食品など鉱物資源以外の有望な事業の展望は?

素晴らしい自然の中で営まれるTAS州の酪農
食糧関連の主な事業投資先としては、飼料生産と穀物輸出を手掛ける子会社「リベリナ」(豪飼料・穀物会社=本社ブリスベン)があります。QLD州とNSW州では、家畜の餌となる配合飼料を製造し、国内向けに養鶏・養豚や食肉牛・酪農牛用などの飼料として販売。パース支店では、主に西豪州や東豪州の小麦・大麦・飼料穀物を日本や東南アジアに輸出しています。
一方、食品事業では、チーズやミルク・パウダー(粉乳)の輸出に力を入れています。このほど、三菱商事が24%を出資してマレー・ゴールバーン(豪乳業大手)や酪農家と手を組み、TAS州に粉乳をはじめとする乳製品の製造会社を設立しました。粉乳は幼児向けのほか、日本では缶コーヒーや乳飲料の原料としても需要が多いのです。10月に完成予定の工場を粉乳の製造拠点とし、アジア諸国へも販売を拡大していく狙いです。
豪州は金属、エネルギー、農産物を3つの柱とする資源国ですが、それ以外にも今後、豪州の社会に貢献できる事業を展開していきたいと考えています。
例えば鉄道や水事業などのインフラ整備。子会社「トリリティ」(アデレード)は、上下水道から再生水、海水淡水化まで、設計、施工、運営・管理などを総合的に国内で事業展開しています。水は日常生活に不可欠な重要な資源です。こうしたインフラ整備事業にも力を入れていきます。
三菱商事の社是に、「所期奉公」「処事光明」「立業貿易」という「三綱領」があります。この中で「所期奉公」は社会貢献を意味します。豪州でも地域社会に貢献する活動を熱心に行っています。例としては、オーストラリア室内管弦楽団(ACO)やビクトリア国立美術館、WA州技術者コンテストなどへの寄附、グレート・バリア・リーフでのサンゴ礁保全プロジェクトへの参画、各奨学金の拠出などがあります。日本に豪州文化を伝える活動の一環として、日本のオーストラリアン・フットボール・チームも支援しています。
輸出競争力は低下も先進国の必然
——豪州事業が直面している主な課題は?
まず、好調な資源部門と他産業の格差が広がるという経済の二重構造。これまでは、04年から始まった世界的な資源価格の高騰を背景に、政府の財政状況も歳入が潤って健全な状況で推移してきました。しかし、ここにきて資源価格が調整局面に入り、政府の歳入が減少すればこれまで通りの歳出が続けられるかどうか。緊縮財政化する可能性も秘めています。
2つ目は、これまでの資源価格高騰による豪ドル高。製造業をはじめ輸出競争力がどんどん損なわれています。従来は資源価格が下がれば資源国通貨である豪ドルは下落していましたが、現在は資源価格が下がっても豪ドルは高止まりしています。豪州の連邦・州の財政は、ほかの国と比較するとまだまだ健全な財政状況にあるため、円と同様に、「安定通貨」として豪ドルが買い続けられていると見ています。これも輸出依存度の高い事業では、課題と言えるでしょう。
3つ目は労使関係。鉱山でのストライキなど、労組の活動が活発化しています。今後、ビジネス環境に影響を与える要因として頭に入れておく必要があります。労働コストも、世界的に見て非常に高い水準になってきています。
ただ、社会が成熟した豪州のような国家では、これらの課題に直面することは必然的に起こることです。先進国かつ資源国である豪州は、国状もきわめて安定していて、カントリー・リスクは低いと言えるでしょう。
——現状と課題を踏まえて、将来に向けたオーストラリア事業のビジョンを聞かせてください。
エネルギーと金属資源の重要な供給基地として、日本経済とアジアを中心としたそのほかの国の経済を支えていくという、豪州の位置付けは今後も変わらないと思います。三菱商事グループとしても、豪州の資源投資は今後も事業の大きな柱であり続けるでしょう。
一方で、資源以外にも、先述の穀物飼料の供給、水事業をはじめとするインフラ整備、自動車の輸入販売など、豪国内市場向けにもさまざまな事業を展開しています。それらの国内事業を通して社会や地域の発展に貢献し、利益を還元していくことも非常に大切です。
豪州の信頼できるパートナーとともに事業を展開していく姿勢は、この国での日本企業の成功モデルの本質だと思います。当社も資源開発ではBHPビリトンやリオ・ティントなどと組んできました。インフラ整備など今後の新事業においても、豪州の優良な戦略的パートナーと一緒に歩んでいくことがきわめて重要だと考えています。
●英文会社名:Mitsubishi Australia Ltd.
●企業形態:三菱商事の現地法人
●代表者:髙田光進・代表取締役
● 拠点:メルボルン本店、シドニー支店、パース支店、ブリスベン分室
●社員数:邦人社員13人、現地社員87人
● 主な事業:エネルギー、石炭、鉄鉱石、鉄鋼製品、非鉄金属、機械、自動車設備、化学品、食品、資材
<沿革>
1956年 駐在員事務所設立
1958年 現地法人化
2004年 本店をシドニーからメルボルンに移転
<トップに聞く10の質問>
1. 座右の銘:「一燈照隅、万燈照国」
2. 今読んでいる本:「修身教授録」森信三・著
3. オーストラリアの好きなところ:豊かな自然、美しい街並み、すばらしい気候、フレンドリーな人々、美味しい食べ物
4. 外から見た日本の印象:全体的に元気がなく「縮小均衡」に向かっている
5. 好きな音楽:ワーグナー「神々の黄昏」などクラシック音楽
6. 尊敬する人:加藤寛(慶応義塾大学名誉教授)
7. 有名人3人を食事に招待するとしたら誰?:マイケル・サンデル教授、グレッグ・ノーマン、ニコール・キッドマン
8. 趣味:読書、音楽鑑賞、ゴルフ
9. 将来の夢:世界遺産めぐり
10. カラオケの十八番:「瞳を閉じて」